真にいろんな人を認め受容するということと、その難しさ【多様性とは】
今回は非常に難しいテーマを考えてみます。
最近よく
【多様性】【ダイバーシティ】
という言葉を耳にします。
それを
みんなそれぞれお互いに認めていこうという話がでます。
綺麗な言葉でいうと
みんな違って、みんな良い
というか、そんな意味もあると思います。
しかし
表面上は本心ではまぁ自分に実害がなければ良いやというところはあると思いますが
真に多様性
いろんな人のいろんな生き方を認めていくということは
なかなか難儀なことでもあると思います。
だって違うものは違うから、
それをもし押し付けられたら困ってしまう時もあるでしょう。
押し付けられないなら共存できるのではと思いますが。
道が三股に分かれているとして
A君:右に行きたい
B君:左に行きたい
話し合って間をとって(?)真ん中を行こうとお互いが納得すれば良いですが
そうならなかったらどうするのか。
それぞれの道を行けば良いのでは、とも思いますが。
例えば仕事上でも
平等や多様性を自分の都合の良いようにはき違えているのではないかと思う言動をする人も稀にいます。
組織として機能していくには
一定のルールがあった方が上手くいくのも事実。
極端な例で言えば
社長と平社員が組織の意思決定において「平等」な訳がありません。
そこを選挙のように同じ1人1票だと思います!
と言う人がいたとしたら
それってかなりズレているでしょう。
何でも平等にしたいというなら、結局のところ相応の能力が求められます。
難しいテーマですが
真に「いろんな相手や多様なあり方を受容する」というのは
非常に難しいことだなと考えます。
今後も機会があれば、このテーマについて、深堀りしたり、つけたしていこうと思います。